大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和45年(行ウ)182号 判決 1972年11月07日

原告

海老沢美江

右訴訟代理人

久保田康史

外一名

被告

国立国会図書館長

(国立国会図書館長代理)

斎藤毅

右指定代理人

林修

外二名

被告

国立国会図書館公平委員会

右代表者

中山伊知郎

右指定代理人

外垣豊重

外五名

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

被告国立国会図書館長が昭和四四年一二月二六日原告に対してなした国会職員法第一三条第一項第二号の規定による休職処分および被告国立国会図書館公平委員会が昭和四五年六月五日原告に対してなした判定をいずれも取り消す。

訴訟費用は被告らの負担とする。

<後略>

理由

一原告は、国立国会図書館参考誌部(人文課音楽資料室)に勤務している国家公務員であるが、昭和四四年一一月一六日いわゆる佐藤首相訪米阻止闘争に参加し、国鉄蒲田駅付近で逮捕され、引き続き勾留された後、同年一二月八日兇器準備集合および公務執行妨害の罪名により起訴されたこと、原告に対する公訴事実の要旨は原告主張のとおりであること、原告は昭和四五年三月一三日保釈により釈放されたこと、原告の任命権者たる館長は昭和四四年一二月二六日国会職員法第一三条第一項第二号の規定により原告に対し休職を命じたこと、原告は直ちに館長に対し苦情処理規程第二条の規定により苦情処理のための審査請求をしたが、館長から休職処分を取り消さない旨の決定があつたので、さらに公平委員会に対し同規程第七条の規定により再審査の請求したこと、公平委員会は昭和四五年六月五日館長の本件休職処分を承認する旨の判定したことは、当事者間に争いがない。

二本件休職処分の取消事由の存否

1  起訴休職制度の違憲性の有無

国会職員に対する起訴休職制度の根拠となる規定は、国会職員法第一三条第一項第二号である。同規定は、国会職員が刑事事件に関し起訴されたときは、その意に反して当該職員に休職を命ずることができる旨規定している。国会職員は国会の事務に従事するに当り、公正不偏、誠実にその職務を尽くし(国会職員法第一七条)、職務の内外を問わず、その信用を失なうような行為があつてはならない(同法第二〇条)のである。

国会職員が刑事事件に関し起訴されると、起訴された者も有罪判決が確定するまでは刑事訴訟法上は無罪の推定を受けているけれども、起訴された事件が有罪となる割合の著しく高いわが国の刑事裁判の実状の下においては、相当程度客観性のある公の嫌疑をけたものとの社会的評価を免れない。この社会的評価は、刑事訴訟法上の無罪推定の原則と相容れない面があるかもしれないが、ここで必要なことは、純理論の帰結ではなくして、公務員が起訴されたという事実について、世間一般がどう感ずるかということであり、また、そのことが職場秩序にどう影響するかということである。すなわち、起訴された職員が引き続き職務に従事する場合には、当該職員の地位、職務の内容、公訴事実の具体的内容、罪名および罰条の如何によつては、そのような者が現に職務を執行しているということによつて、職務規律ないし秩序の維持に悪影響を及ぼすことがあるのみならず、その職務遂行に対する国民の信頼をゆるがせ、ひいては官職全体に対する信用を失墜させるおそれがある。このような現実が厳として存在することを否定できないのであるから、そうした国民一般の考え方は誤つているといつても、せんのないことである。およそ公務員たる者は、国民から疑惑の目をもつて見られるようなことをしてはならないという厳しい規律に服さなければならないのであつて、その規律に違反すれば、不利益処分を受けてもやむを得ないのである。

さらに、刑事被告人は、原則として公判期日に出頭する義務を負い、一定の事由があるときは勾留されることもあり得る(刑事訴訟法第六〇条)ので、そのことにより職員としての職務専念義務(国会職員法第二三条)を全うし得ず、公務の正常な運営に支障を生ずるおそれもなしとしない。公務の能率的な運営は、公務員一人一人が有機的一体となつてその職責を全うすることによつて実現される。その一人でもが職務の遂行が満足にできないようになることは、労働力の適正な配置を阻害し、ひいては公務の能率的な運営に障害をもたらす結果を招来することも否定できないのである。もつとも、起訴によつて刑事被告人が直接負う義務は、公判期日への出頭だけであり、事件の性質によつては、公判期日が短期間内に終了することがあるかもしれない。このような場合には、起訴に伴なう労務の不提供のため公務の能率的運営が著しく阻害されるものとはいえないけれども、刑事被告人が勾留されたまま起訴されることが少なくないという実状に思いをいたす必要がある。勾留されている場合は全く労務の提供が不能なのであり、いつ保釈されて労務の提供が可能となるかは、何人も予測できないのである。このような不確実な者の職務を漫然空席のまま放置し、公務の停廃を座視することは許されないのである。したがつて、労務提供上の障害の顧慮が、起訴休職制度に働いていないという見解は、当裁判所の採用しないところである。このことは、国会職員法第一三条第一項第二号と第四号とを対比して考えても明白である。すなわち、第四号は、身体又は精神の故障により長期の休養を要することを休職の要件として規定している。身体の故障が自己の責めに帰すべからざる事由に基づく場合でも(例えば、災害や過失なき交通事故による場合の如し。)、意に反する休職を命じられる場合があるのである。これひとえに、原因動機のいかんを問わず、長期欠勤者によつて生ずる公務の停廃を避けようとする顧慮に外ならない。まして、刑事事件により起訴された者は、公訴犯罪事実を実行したという公の嫌疑を受けているのであるから、休職処分との関係においては、その要件はむしろ自己の責めに帰すべき事由によるものとみられるのもやむを得ないのである。

以上のとおり、国会職員に対する起訴休職制度は、右のような悪影響ないし支障を生ずるおそれのある職員をその身分を保有するが、一時的に職務に従事させないこととし、もつて職場規律ないし秩序の維持、国会職員の職務遂行に対する国民の信頼ひいては官職に対する信用の保持、公務の正常な運営の確保を意図するものである。しかも、この制度は、必要的休職制度ではなく、以上のような目的に制約された範囲内の任命権者の裁量に属する行為である。また、休職を命ぜられた職員も、職務に従事することはできないけれども職員としての身分は保有し(国会職員法第一四条第一項)、その休職の期間中、俸給、扶養手当、調整手当および住居手当のそれぞれ一〇〇分の六〇以内の支給を受けることができる(国会職員の給与等に関する規程第一四条第一項、一般職の職員の給与に関する法律第二三条第四項)のである。このように、国会職員に対する起訴休職制度は、合理的な理由に基づいて公益上必要最小限度の制限ないし不利益を定めたものであるから、憲法第一三条に違反しない。また、この制度は、起訴された職員を有罪であると推定して休職を命ずるものではなく、起訴されたこと自体を要件とする処分であるから、かりに刑事裁判における無罪推定の原則(この原則は、刑事裁判における被告人の人権保障の思想を表現したものであつて、社会生活における一切の関係においてまで無罪の推定をなすべきことを内容とするものではない。)の憲法上の根拠が憲法第三一条にあるとしても、同条に違反しない。さらに、起訴された職員を休職に付しても、公務員の労働者としての権利を剥奪するものとはいえないから、憲法第二八条に違反するものでもない。

以上のとおり、起訴休職制度(国会職員法第一三条第一項第二号、第三項、第一四条第一項)は、憲法第一三条、第三一条および第二八条に違反するものではなく合憲である。

2本件休職処分の違憲、違法性の有無

(一)  佐藤首相訪米阻止闘争に参加した原告の行為の正当性との主張について

国会職員法第一三条第一項第二号の規定は、国会職員が刑事事件に関し起訴されたという事実を要件事実として、任命権者に当該職員を休職処分に付する権限を付与する旨の効果を定めたものである。起訴にかかる原告の行為が原告主張のような事由の存否により違法性を阻却するかどうかというような問題、換言すれば起訴の当否は、その事件の係属する刑事裁判所が専権的に判断すべき事項である。任命権者は、その起訴された事実が真実であつて犯罪構成要件に該当するかどうか、その行為が違法性を阻却するものであるかどうか等については、審査する権限もなければ、義務もない。起訴にかかる行為の正当性の有無は、休職処分の効力に影響を及ぼすものではないのである。したがつて、原告の行為が正当であることを理由として、本件休職処分の違憲、違法をいう原告の主張は、主張自体失当である。

(二)  国会職員法第二〇条の二、国会職員の政治的行為の禁止又は制限に関する規程適用の違憲性との主張について

<証拠>によれば、本件休職処分は、同条および右規程を適用してなされたものではないし、原告の起訴された行為が政治的行為である故をもつてなされたものでもないことが認められる。しかも、起訴にかかる原告の行為が同条および右規程にいう政治的行為に当たるものでないことは、多く論ずるまでもなく明らかである。したがつて、この点に関する原告の主張は理由がない。

(三)  本件休職処分(裁量権の逸脱との主張)について

(1) 公訴事実の具体的内容、罪名および罰条

当事者間に争いない原告に対する公訴事実の要旨は、次のとおりである。

「原告は、

(一) 警備に従事する警察官の身体等に対し、多数の労働者、学生らと共同して危害を加える目的をもつて、昭和四四年一一月一六日午後四時五分ごろから午後四時一六分ごろまでの間、東京都太田区蒲田五丁目国鉄蒲田駅東口広場付近から集団で同区蒲田五丁目二六番加登屋文房具店前の交差点付近に至る間において、右の者らとともに、兇器として多数の火炎ビン、角材、鉄パイプ、石塊等を携え準備して集合し

(二) 多数の労働者、学生らと共謀のうえ、同日午後四時一七分ごろから午後四時三〇分すぎごろまでの間、前記交差点付近および同所から前記東口広場に至る通称東口大通りならびにその周辺において、労働者、学生らの違法行為の制止、検挙等の任務に従事していた警視庁警察官らに対し、多数の火炎ビン、石塊を投げつけ、角材、鉄パイプで殴りかかるなどの暴行を加え、その職務の執行を妨害した。」

右公訴事実の罪名が兇器準備集合および公務執行妨害であることは当事者間に争いなく、前者の罪は刑法第二〇八条ノ二第一項、改正前の罰金等臨時措置法第三条第一項第一号に、後者の罪は刑法第九五条第一項によつて処断さるべき性質のものであり、これによれば、前者の罪の法定刑は二年以下の懲役または二万五、〇〇〇円以下の罰金であり、後者の罪の法定刑は三年以下の懲役または禁錮である。そうすると、かりに将来原告が当該事件について有罪の確定判決を受けるときは、その罰条に徴し、それが国会職員法第二条第二号に定める国会職員の欠格事由に該当する可能性をも包蔵している。

(2) 職場規律ないし秩序の維持に対する影響

原告に対する公訴事実の要旨によれば、起訴にかかる原告の行為は、国会職員としての原告の職務とは関係がなく、しかもその職場で同僚等に対してなされたものではない。そしてまた原告の職務の内容は原告主張のとおり主観の入る余地のない純技術的、定型化された作業である(原告の職務の内容については、当事者間に争いない。)。したがつて、原告が本件公訴事実により起訴されたという一事だけでは、原告を引き続き職務に従事させることが職場規律ないし秩序の維持に悪影響を及ぼすものとは推断できない。

問題は、そのことではない。起訴され、かつ勾留されていて、全く職務の遂行をすることができない者が、なおかつ職場における実働力に数えられ、その分担職務を他の職員が引き受けなければならないことによつて生ずる不満や不便である。このような状態、しかも終りを予測できない不健全な状態の継続は、やがて職場内に不平とうつ積を充満させ、必ずや職場規律ないし秩序の維持に悪影響を及ぼすことは、必至である。

したがつて、原告の職務内容の定型性にもかかわらず、浮動的な地位にある原告を引き続き職務に従事させることは、職場規律ないし秩序の維持に悪影響を及ぼすことが絶無とはいい難い。

(3) 国民の信頼等に対する影響

国会職員は、職務の内外を問わず、その信用を失うような行為があつてはならないことは、前述のとおりである。それにもかかわらず、<証拠>によれば、いわゆる佐藤首相訪米阻止闘争をめぐる関係ニュースは、当時のテレビ、新聞等で大きく報道され(一部の新聞には、原告の氏名および勤務先も掲載されている。)、特にこの事件に関し公務員、準公務員四二名が起訴されたことも世人に注目されたことが認められる。このことと、前記公訴事実の具体的内容、罪名および罰条、国会職員としての欠格条項該当性、特にその公訴事実の要旨によれば、起訴にかかる原告の行為は、それが真実であるとするならば、国会職員としての本分に著しく反する違法、不当のものであつて、通常人としての常職を有する国民一般の強い反発、ひんしゆくを買う内容のものであると考えられる。以上のような諸条件を総合して考えると、原告がこのような刑事事件に関し起訴されたということは、原告には職務外の信用失墜行為があつたという疑惑を世人一般に生ぜしめるような行為があつたものといわなければならない。そうすると、原告が引き続き職務に従事する場合には、その職務遂行に対する国民一般の信頼をゆるがせ、ひいては官職全体に対する信用を失墜させるおそれがあるといわざるを得ない。このことは、原告の職務が技術的、定型的なものであることによつて緩和されるものではない。原告も公務員として、高度の信用保持義務を負うことは、他の公務員と異ならないからである。

(4) 公務の正常な運営に対する支障

原告は、昭和四四年一一月一六日国鉄蒲田駅付近で逮捕され、引き続き勾留された後、同年一二月八日に起訴され、昭和四五年三月一三日保釈により釈放されるまで勾留されていたのである。<証拠>によれば、原告が勤務していた国立国会図書館参考書誌部(人文課音楽資料室)では、原告の欠勤中その補充をしなかつたので、従来職員が原告を含め五名であつたのに四名となり、他の職員が原告のなすべき作業を行ない、その負担がかなり重かつたことが認められる。これによれば、本件休職発令日の昭和四四年一二月二六日当時(念のため付言するに、行政処分に対する違法判断の基準時は処分時であるから、本件休職処分の違法性等について判断するに当り、原告が保釈により釈放されたこと等本件休職処分後に発生した事情を考慮することはできない。)、原告は、すでに四〇日間にわたり身体を拘束されており、事実上職務に従事することが全くできなかつたのである。これでは原告は、職員としての職務専念義務を全うし得ず、そのことにより公務の正常な運営に重大な支障を生じさせていたことが明らかである。また、公訴事実の具体的内容および原告がその後も長期間勾留されていたことからすると、右発令日当時、原告が間もなく身体の拘束を解かれて職務に従事することができるようになると予測されるような事情もなかつたと考えられる。

(5) 以上の認定によれば、職場規律ないし秩序の維持に対する影響、国民の信頼等に対する影響および公務の正常な運営に対する支障の点からみて、本件休職処分には十分な合理性、必要性があつたものというべきであつて、前記のような原告の職務の内容および原告主張の本件休職処分によつて原告が受ける不利益(その内容については、当事者間に争いない。)の点について考慮しても、当該処分に裁量権の行使についてその範囲を逸脱した違法があるとはいえない。

3以上のとおり、本件休職処分が違憲、違法であるという原告の主張はすべて理由がない。

三本件判定の取消事由の存否

1  公平委員会制度の違憲性の有無

公平委員会は、職員の意に反する不利益な処分の適否について判定し、違法または不当な処分を是正することによつて職員の身分保障を万全にすることを目的として設けられた制度である。国会職員法第一八条の二の規定が、原告の主張するように国会職員の争議権などを全面的に禁止していると解することには異論があるけれども、それはとも角として、公平委員会が行なう職員の意に反する不利益な処分の審査は、職員に団体協約締結権および争議権が文理上与えられていないことに代わるものではない。私企業においても、労使双方によつて構成される苦情処理委員会のような制度が、従業員の苦情処理のため、労働協約または就業規則などによつて設けられ、従業員の利益のために作用しているのと異ならない。原告が原処分に不服があるとして、公平委員会に再審査の請求をしながら、今にして一転して公平委員会の違憲を鳴らすのは背理といわなければならない。

公平委員会制度が職員の団体協約締結権および争議権を剥奪したことの代償制度であるという主張もまた失当である。

2  公平委員会の構成の違法性の有無

苦情処理規程第五条は、次のとおり規定している。

「第五条 公平委員会は、委員七名をもつて組織する。

2  委員は、国立国会図書館長が、次の者に委嘱する。

一  衆議院の議院運営委員長又は議院運営委員中から同委員長が指名する者

二  参議院の議院運営委員長又は議院運営委員中から委員長が指名する者

三  国会職員以外の者で学識経験を有する者一名

四  国立国会図書館職員組合の推せんする職員側二名

五  国立国会図書館側二名

(第三項および第四項は省略)」

これによれば、公平委員会は、いわゆる中立委員三名、職員側委員二名および国立国会図書館側委員二名の三者構成によつて組織されており、職員側および館側の委員は同数である。このうち、衆参両院の議院運営委員長または議院運営委員中から同委員長が指名する委員各一名が、かりに国会法第四六条(委員の各派割当選任)、第二五条(常任委員長の選挙)の規定などからして、事実上、与党である自由民主党に所属する者で占められる公算が大である(本件の場合、右委員各一名がそのとおりであつたことは当事者間に争いない。)としても、それは苦情処理規程第五条の規定から当然に帰結するものではない。それはとも角として、委員は、館長から委嘱された公平委員会の職務を遂行するに当り、何人からも指示を受けず、良心に従い、かつ、法令、規則、指令および公平委員会の議決に基づいて審理を行なうべきものであり(人事院規則一三―一、第二〇条参照)、いわゆる中立委員三名が館長にとつて有利な委員であるということは、なんら根拠のない主張である。ただ、職員側および館側の委員には、それぞれの利益を代表するという立場がはいらざるを得ないけれども(乙第一六号証の一ないし四参照)、これらの委員においても、それぞれの私的利益をいたずらに主張するようなことは正当視されず、むしろ三者構成による公平委員会の審査において、それぞれの利害が職員側および館側の委員の主張をとおして止揚され、その中から客観的正義が明らかにされることにより、公正な判定を下すことが可能となるのである。また、苦情処理規程第六条第一項は、「公平委員会に委員長を置く。委員長は、館側及び職員側を除く委員のうちから、委員が選挙する。」と規定している。しかし、委員長が館長にとつて好ましい者がなることが確実であるということも、なんら根拠のない主張である。

幹事が苦情処理規程第一三条の規定により置かれるが、館長が任命し、本件の場合、幹事三名のうち二名は総務部の管理職者であり、他の一名は元総務部の幹部職員であつたことは、当事者間に争いない。しかし、幹事の職務は、公平委員会の庶務を処理すること(苦情処理規程第一三条)であつて、右幹事がその職務権限を逸脱して事実上審査の進行ひいては判定の成行きに影響を及ぼし得るような重要な事項に関与したことを認めるに足りる証拠はない(原告主張の幹事による起訴状等の事前配配布の点については、後記3項(二)において述べる。)。したがつて、幹事が総務部の管理職者ないし元総務部の幹部職員であつたからといつて、その構成が不公平であるということはできない。

苦情処理規程第五条(公平委員会の組織)、第一三条(公平委員会の庶務)の規定には、国会職員法第一五条の二の規定を逸脱する違法はない。

3審査手続の違法性の有無

(一)  再審査の請求期間について

苦情処理規程第七条は再審査の請求期間を決定書を受理した日から三〇日以内と定めており、国家公務員法第九〇条の二が不服申立期間を処分説明書を受領した日の翌日から起算して六〇日以内と定めているのと比較して三〇日の差がある。右各規定は、いずれも行政処分の効力を長く不確定な状態に置くことを避けるために期間を定めたものであるが、苦情処理規程第七条の定める再審査の請求期間がそれ自体著しく短いとはいい難い。

再審査の請求期間が国家公務員法第九〇条の二の定める不服申立期間と比較して三〇日だけ短いからといつて審査請求者たる原告の防禦の準備を不当に制限するものであるというのは、いわれのないことである。

(二)  起訴状等の事前配布について

幹事が公平委員会の開かれる前に検察庁、警視庁からの原告の犯罪事実に関する回答書を委員に配布したことは、当事者間に争いない(なお、幹事が起訴状を委員に配布したことを認めるに足りる証拠はない。)

乙第二七号証の一四は、警視庁公安部公安第二課長作成の「11.16―17佐藤首相訪米阻止集団暴力事件被疑者の照会に対する回答」と題する書面であつて、被疑者たる原告の逮捕日時および場所、罪名、逮捕時の服装、持物等について記載されている。また、乙第二七号証の一五は、東京地方検察庁次席検事作成の「処分状況等回答」と題する書面であつて、被告人たる原告の起訴年月日、係属裁判所、罪名および公訴事実の要旨について記載されている。証人外垣豊重の証言によれば、右各書面は、いずれも幹事が公平委員会第一回会議(五月七日)の開かれる前である四月二七日および二八日の両日にわたり、委員に本事案にかかわる事実の経過、概要を明らかにさせるために、事前に準備した第一回会議の案件、公平委員会名簿、会議日程、議事規則(案)、苦情処理再審査請求書、同追加審査請求書、原告の氏名、略歴、再審査請求事案に関する経過一覧、休職辞令、苦情処理審査請求書、苦情処理審査決定書、東京拘置所からの同決定書の交付通知書、東京地方裁判所からの事件係属等についての回答書および関係法令など審査に必要と認める書面(乙第二七号証の一ないし一三、一六ないし二七)とともに配布したものであることが認められる。

起訴休職処分は、職員が刑事事件に関し起訴された事実を要件としてなされる。公平委員会が本事案を審査するためには、起訴された刑事事件にかかる公訴事実の具体的内容、罪名および罰条、身体拘束の有無等の事実を的確にはあくすることが必要不可欠であり、これらの事実をはあくしないで事案について適正、妥当な判定を下すことはできない。前記検察庁、警視庁からの原告の犯罪事実に関する回答書(乙第二七号証、の一四、一五)は、右のとおり公平委員会の審査において必要不可欠な客観的事実に関する内容のもの(前記配布資料のうち、再審査請求事案に関する経過一覧、苦情処理審査決定書および東京地方裁判所からの事件係属等についての回答書の中にも同種の内容のものが含まれている。)であつて、ことさら委員に不必要な予断を抱かせたり、不当な影響を与えるおそれのあるような事実に関する内容のものではない。

職権探知の行なわれる公平委員会の審査の下において、幹事が公平委員会の開かれる前に右各書面を委員に配布したことは、審査を円滑、迅速に処理するためにも有益であつて、なんら違法ではない。職権探知主義が行なわれる行政委員会の審査手続手続において、当事者主義を基調とするような起訴状一本主義と同様な理念の実現を強調することは、必ずしも被処分者に有利な結果をもたらすものではない。けだし処分者側は常に証拠の収集と提出において、圧倒的優位に立つことは必定であるから、行政委員会としては、被処分者に有利な証拠を精力的に収集しなければ、被処分者の権利の保護が期せられないからである。

(三)  審査準則の未制定について

公平委員会が審査のための議事規則を定めたことおよび苦情処理規程第一四条に基づく審査準則が定められていなかつたことは、公平委員会の認めるところである。

苦情処理規程には、原告がいうところの証人の喚問等に関する実質的な審査準則に関する定めがなく、同規程第一四条は、「この規程に定めるものの外、職員の苦情の処理に関し必要な手続事項は、館長が定める。」と規定しないる。<証拠>によれば、(1)苦情処理規程制定の昭和二七年以来、公平委員会は一度も開かれたことがなく、必要な審査手続の細則が定められていなかつたこと、(2)五月七日、河野館長は、参集した委員に対する挨拶の中で、審査手続の細則の未制定に言及し、公平委員会の審査において手続事項の取決めの必要が生じた場合、公平委員会で自主的に決定されたい旨の意向を表明したこと、(3)公平委員会は、第一回会議(五月七日)において、国立国会図書館公平委員会議事規則(乙第一八号証)を定めたことが認められる。右議事規則には、公平委員会の会議、議事の整理および進行、発言の許可および禁止、当事者に対する質問、秩序の維持に関する定め(第一条ないし第五条)があり。証人の喚問等に関する定めはないけれども、同規則第六条は、議事の手続に関する事項で苦情処理規程およびこの規則に規定のないものは、委員長が公平委員会にはかつて定める旨規定している。<証拠>によれば、(1)前記第一回会議において、職員側の後藤委員から、当事者に対する質問および立証の要求、証人の出席、証拠資料の提出、口述書の提出要求、鑑定に関する定めのある国立国会図書館公平委員会審査手続要項(案)(乙第一九号証)が提出されたが、討議の結果なお検討を要するとして採択されなかつたこと、(2)しかし、公平委員会は、本事案の審査に当つて必要な手続事項が生ずれば、右要項案および人事院規則一三―一(不利益処分についての不服申立て)の趣旨を尊重し、委員長がその都度公平委員会にはかつて定めることを申し合わせたこと、(3)公平委員会の右申合せの趣旨は、五月八日、外垣幹事から原告および原告のため幹事との折衝に当つた椎名慎太郎の両名に対し伝えられ、国立国会図書館職員組合執行委員会発行の同日付情宣速報(甲第一二号証の一、二)にも掲載されたことが認められる。原告は、実質的な審査準則が定められていなかつたので、原告が審査に臨むに際し十分な予測およびそれに基づく準備が困難であつたと主張するが、これに符合する<証拠>はたやすく措信し難く、他に右原告主張事実を認めるに足りる証拠はない。

公平委員会の審査が恣意的に進められないことを担保し、当事者が十分な予測およびそれに基づく準備をして審査に臨むことを可能にするためには、その審査の手続、方法について大要を定めた規定ないしよるべき基準が定められており、それがあらかじめ当事者に知らされている方が望ましいことは当然である。しかし事は、その機関の性質上相当弾力性のある審査の期待される行政委員会の審査手続に関する。裁判手続のような厳格性を要求することは、かえつて行政委員会の審査の硬直化を招き、その特色を失わせる危険がある。したがつて、その手続大綱がどの程度定められていれば、満足すべきものとするかは、相対的なものであつて、常識によつて判断しなければならない。

本事案の審査においては、苦情処理規程および国立国会図書館公平委員会議事規則が定められているほか、公平委員会において、証人の疑問等本事案の審査に当つて必要な手続事項が生ずれば、証人の出席等についても定めのある国立国会図書館公平委員会審査手続要領(案)および人事院規則一三―一(不利益処分についての不服申立て)の趣旨を尊重し、委員長がその都度公平委員会にはかつて定めることを申し合わせており、この申合せの趣旨は原告に対し伝えられている。また、実質的な審査準則が定められていなかつたことの故に、原告が審査に臨むに際し十分な予測およびそれに基づく準備が困難であつたような事情も認められない。

これによれば、原告がいうところの証人の喚問等に関する実質的な審査準則が定めていないからといつて、公平委員会の審査がそれ自体違法であるということはできない。

(四)  公開審査日の一方的指定について

公平委員会は、審査請求者から請求があつたときは公開の審査を行なわなければならず(苦情処理規程第一一条)公平委員会の会議は、委員長が日時および場所を定めて招集する(前記議事規則第一条)。期日の指定は簡易、迅速になされる必要があり、委員長が公開審査日を指定するに当りあらかじめ当事者の意見を聞かなければならないとの制約はない。ただ、あらかじめ当事者の意見を聞いてから期日を指定した方が、後日当事者からやむを得ない事由による期日変更の申請がなされることを避けることができるので、より妥当であるというにすぎない。

<証拠>によれば、(1)公平委員会第二回会議の期日(第一回目の公開審査日)については、四月三〇日に外垣幹事および石井書記から口頭で原告に示し、原告の了承を得たうえ、公平委員会第一回会議(五月七日)にはかつて定め、即日田中幹事から口頭で原告に伝えるとともに、翌五月八日に委員長から書面で通知したこと、(2)公平委員会第三回会議の期日(第二回目の公開審査日)については、第二回会議(五月一五日)終了後の委員打合せ会において決定し、即日田中幹事から口頭で原告に伝えるとともに、翌五月一六日に委員長から書面で通知したこと、(3)右いずれの場合においても、原告またはその代理人から期日変更の申請はなかつたことが認められる。

公開審査日の指定について、なんら違法はない。

(五)  弁護士である代理人の数の制限について

原告が原告代理人菅充行(弁護士)の補佐人として弁護士西垣内堅佑を申請して承認されたことおよび公平委員会第二回会議(第一回目の公開審査日)冒頭、原告代理人菅充行が口頭で同代理人の補佐人として一名を追加申請したが承認されなかつたことは、当事者間に争いない。

<証拠>によれば、(1)公平委員会は、第一回会議(五月七日)において、代理人選定届出は所定の用紙(乙第二〇号証の一ないし五と同一様式のもの)に記入して五月一三日までに提出させることを決定し、即日田中幹事から口頭で原告に伝えるとともに、翌五月八日に委員長から書面で通知したこと、(2)原告は、公平委員会第二回会議(第一回目の公開審査日)の開かれる五月一五日午前一〇時ごろ、原告の代理人として弁護士菅充行を選定する旨の代理人選定届出(乙第二〇号証の三)および同代理人の補佐人として弁護士西垣内堅佑を申請する旨の許可申請(乙第二二号証)の各書面を外垣幹事に提出し、公平委員会から承認されたこと、(3)その際、原告は、原告の代理人として弁護士西垣内堅佑をも選定したい意向であつたが、右各書面を提出する前、外垣幹事から原告のため幹事との折衝に当つた椎名慎太郎に対し、弁護士である代理人の数を一名にして他の弁護士一名を補佐人として申請して欲しい旨の依頼があつたので、これを了承して前記のとおり申請したものであること、(4)第二回会議冒頭、原告代理人菅充行から口頭で同代理人の補佐人として弁護士一名を追加申請したが、委員長は、事前に届出がない等の理由で承認しなかつたこと、(5)公平委員会は、第二回会議終了後、公平委員会第三回会議(第二回目の公開審査日)における代理人も議事を円滑に運ぶために第二回会議におけると同一の代理人にして欲しい旨幹事を介し口頭で原告に伝えたことが認められる。

右認定の事実によれば、本事案の審査において弁護士である代理人の数が一名であつたのは、原告が椎名慎太郎に対する外垣幹事の依頼を了承し、原告の代理人として弁護士菅充行のみを選定し、同代理人の補佐人として弁護士西垣内堅佑を申請したからであつて、これをもつて公平委員会が特に弁護士である代理人の数を制限したということはできない。また、補佐人たる弁護士一名の追加申請不承認は、公平委員会がその裁量の範囲内で決定した事項であつて、これを違法であるとまで断ずることはできないし、第二回会議終了後の原告に対する公平委員会の伝言も、未だ公平委員会の依頼、希望にすぎないものとみるのが相当である。のみならず、右の補佐人たる弁護士一名の追加申請不承認によつて、原告の権利擁護が実質的に阻害されたことを認めるに足りる証拠もない。

公平委員会に弁護士である代理人の数を制限したとの違法はない。

(六)  趣旨の弁明、釈明等の制限について

苦情処理規程第八条は、「公平委員会は、前条の再審査請求があつたときは、これに対し最後の審査決定を行い、その結果を判定書とし理由書を附して、審査請求書受理の日から三十日以内に、館長及び審査請求者に交付しなければならない。」と規定している。右三〇日の期間の定めはいわゆる訓示規定であると解されるけれども、審査を円滑、迅速に処理することは公平委員会の責務であるから、公平委員会が右第八条の規定に従つて審査請求書受理の日から三〇日以内に判定を下すべく審査の促進を図ることは至極当然なことである。

<証拠>によれば、(1)公平委員会は、第一回会議(五月七日)において、原告および館長から趣旨の弁明要旨およびその所要時間を五月一三日までに提出させることを決定し、即日田中幹事から口頭で原告に伝えるとともに、翌五月八日に委員長から書面で通知したこと、(2)原告は、公平委員会第二回会議(第一回目の公開審査日)の開かれる五月一五日午前一〇時ごろ、趣旨の弁明要旨およびその所要時間を外垣幹事に提出し、公平委員会から申請どおり承認されたこと、(3)第二回会議は、同日午後一時一九分から午後五時二五分まで開かれ、審査請求者たる原告、原告代理人吉川勇一(べ平連事務局長)、同羽仁五郎(評論家)、同菅充行(弁護士)および同飯田和子(国立国会図書館司書)ならびに館長代理人林修(国立国会図書館総務部人事課長)からそれぞれ趣旨の弁明があり(ちなみに、この趣旨の弁明に要した時間は、原告およびその代理人において約三時間、館長代理人において一六分である。)、原告およびその代理人において申出の時間を超過して趣旨の弁明がなされたこともあつたが、委員長はこれを制限しなかつたこと、(4)公平委員会第三回会議(第二回目の公開審査日)は、五月二二日午後三時一二分から午後五時七分まで開かれ、原告代理人菅充行、同吉川勇一および原告ならびに館長代理人林修からそれぞれ趣旨弁明の再陳述があり、原告代理人菅充行から館長代理人林修に対し、右趣旨弁明の再陳述の中で釈明、質問がなされたほか、約一五分間にわたり対質がなされたこと、(5)当事者の趣旨の弁明は第三回会議をもつて終結されたが、原告代理人菅充行は、五月二六日(公平委員会第四回会議の前日)に要約弁明書(乙第二六号証)を公平委員会に提出し、右書面は第四回会議において審査の対象とされたことが認められる。

右認定の事実によれば、趣旨の弁明、釈明等の制限によつて、公平委員会が原告の防禦権を著しく制限したものとはいい難い。

(七)  証人尋問の不許可について

公平委員会において、証人の喚問等本事案の審査に当つて必要な手続事項が生ずれば、証人の出席等についても定めのある国立国会図書館公平委員会審査手続要項(案)および人事院規則一三―一(不利益処分についての不服申立て)の趣旨を尊重し、委員長がその都度公平委員会にはかつて定めることを申し合わせており、この申合せの趣旨が原告に対し伝えられていることは、前記3項(三)において認定したとおりである。

公平委員会があらかじめ証人の喚問をしない旨を通告し、原告に対し証人の喚問および尋問を許さなかつたことを認めるに足りる証拠はない。

(八)  委員長の不当な発言について

委員長が公平委員会の会議において原告主張のような発言をしたことを認めるに足りる証拠はない。

苦情処理規程第一〇条第二項は、「公平委員会の議事は、委員長を除く出席委員の過半数で決する。可否同数である場合は、委員長の決するところによる。」と規定している。<証拠>によれば、(1)公平委員会は、判定のための第四回および第五回会議において、本件休職処分に関する審議とともに保釈後の復職問題を合わせ討議し、復職の可否について委員(七名)は順次それぞれの所見を開陳したこと、(2)委員長は、審議を通じ各委員の所見が明確になつた第五回会議において(委員長を除く出席委員の所見は三対三にわかれていた。)、復職の可否について委員長も加わつて挙手により表決を行なつたことが認められる。

公平委員会の議事は、委員長を含む各委員が自己の意見を十分に発表し、各自の意見が相違するときは、お互いにその意見を交換しながら公平委員会としての一個の意見が成立するよう運営されなければならない。しかし、各委員が意見の交換を十分に行なつても、なお各自の意見が一致しないというやむを得ない場合が生じ得る。苦情処理規程第一〇条第二項は、このような場合に、合議体としての公平委員会の意見をまとめるため、評決方式によるべきことを定めたものである。前認定の事実によれば、意見交換の段階においてすでに委員長を除く出席委員の意見が可否同数であることが確実であつたので、復職の可否について挙手の方法によつて表決するに際し、委員長も初めから表決に加わつたということであつて、そのことにより他の委員に不当な影響を与えるようなおそれはなかつたと考えられる。

右のような評決方法が苦情処理規程第一〇条第二項に規定する評決方式に違反するとまではいえない。

4以上のとおり、公平委員会の本件判定が違憲、違法であるという原告の主張はすべて理由がない。

四よつて、原告の請求はいずれも理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(岩村弘雄 安達敬 飯塚勝)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例